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カンボジア人

ほんの1例ですが

あるカンボジア人は、子供はお手伝いのために必要とします。
使えない子供は意味がないわけです。

だから、1、2歳の子供って手間がかかるだけで、いらないのです。
2階から捨てようとしてました。
本当にいらないわけです。

「えー、あと数年辛抱すれば、使える子供になるのに~。」(おいおい)
って、わたしが言ったら、
「そこまで考えられれば、もっと、発展するでしょ。」
確かにね。

明日のことを考えないのはカンボジア人(の一部)の悪いとこだな。

って、そんなことじゃなくてさ。

だいたい、明日のことなど考えずに、妊娠し出産。
邪魔になれば、ぽい。
運よく大きくなれば、態のいいお手伝いさん。
お母さんが楽するための存在。
炊事洗濯、掃除、牛の世話。。。。。。
お母さんは棒持っていればよくって、あとは、井戸端会議三昧。

だから、子供の教育を考えていく上で、まず、援助する側って、こーんな、裏側を知っているのかしらんて思っちゃう。
日本人はカンボジアに学校をたくさん作っているようです。
でも、学校を作ったら、子供たちは教育が受けられるのでしょうか。
学校がないから、教育が受けられないってわけじゃないんじゃないかって思うんです。

学校も、作るんだって、それが悪いって言うわけじゃないんですけど、カンボジアを知るに連れ、「ええ!!!」って、驚くことが多いんです。常識が常識じゃないなと。
だから、相手を知らないと、援助といっても、一方通行かなと。

学校といえば、先生の給料は低いし、生徒は先生に毎日お金を払わないと、受けられない授業もあります。先生は先生で、そうしなければ、生きていけないんだろうけど、そんなお金を払えない生徒はたくさんいるし。
(ガソリンが値上げ値上げって、日本で騒がれてますが、カンボジアのガソリン代も日本とあんまり変わらないんですよ。でも、給料は激安。当然やっていけませんよね。)

教育に力を入れなくちゃいけないとは思うんです。
でも、今のカンボジアでは、子供を学校に行かせると、こーんないいことがありますよというような攻め方でいったほうがいいかなーと。将来いい仕事に就けるとか、そんな遠い話しをしても、あまり説得力なさそうだし、なかなか難しいですけど。
子供は5歳にでもなったら、あーよかった、これで楽ができるって思っているお母さんたちの子供ですよ。はなっから、教育を授けようなんて思っちゃいないんです。お金が無いなら、子供を働かすんじゃなくて、子供は初めから働かすために産んでいるようなモンなんです。(ただできちゃっただけなんですが)
前提が違うんだから、国際援助ってすれ違いな感じがします。
こんな前提だって、知ってました?知らないですよね。思いつかないですよね。

極楽なカンボジアをお伝えできなくて、なんだか、ダークな話題でしたね。
カンボジアといえば、まだまだ、貧困などの切り口で報道されるので、それを見るとこんなことを考えるのでした。
きっと、日本人は、かわいそうなカンボジア人を学校に行かせてあげたいって思うだろうし、それはわかるけど、それが、本当に現地の人たちのためになるってことは難しいなと思うのです。やり方がです。だって、全然違うんだもん。

子供の未来、子供の可能性を考えられない大人に、教育の大切さを教えるのはどうしたらいいのか。きっと、それは理解されないのだとしたら、どう、納得させるのか。
大問題です。
ただ学校を作れば、みんなが教育が受けられるのなら、どんなに簡単なことでしょう。
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テーマ : カンボジア
ジャンル : 海外情報

コメント

はじめまして。りんです。
「だから、相手を知らないと、援助といっても、一方通行かなと。前提が違うんだから、国際援助ってすれ違いな感じがします。」
そうですよね。その通りですね。最近、カンボジアに学校を建てることばかり、脚光を浴びてるのは、少し残念に思います。建てた後のことを考えていないことが多いから。やはり学校を建てるのは華々しいので、先生が生徒からお金を取らないように、何年も先生の給料を払うとか、運営費を負担するとか、先生や生徒の出席状況や家庭状況を見てみるとか、そういうほうの支援はあまり人気がない気がします(・_・、)
とにかく、お金出して建てたらきっとうまくいく・・・のは日本人の常識。でもカンボジアでは・・・・廃校が多い。
そして、「それが、本当に現地の人たちのためになるってことは難しいなと思うのです。やり方がです。だって、全然違うんだもん。」というのも、痛いけれど、その通り。
教育についても、何についても、カンボジア人自身が、そうか~と気づいて、納得すること、それが一番ですね。でもそこが、日本の「常識」で考えてしまいがちな日本人には難しいところです。
実は、私もNGO。カンボジア人について、もっと知らなくてはいけないことがいっぱいです。
時々、ブログ訪問させてもらっています。これからもよろしくお願いします。( ^.^)( -.-)( _ _)

言いたいことはわかりますが、あまりに恣意的ではないですか?
旦那に気きゃわかるでしょうけど、子供がいらないなんてカンボジアでも日本でも異常でしょう。
子供がお手伝いをするのも親が楽をしたいがためでしょうか。
私がカンボジア人の家庭で暮らしていた時、やはり女の子は男に比べて家事をさせられていました。
母親に例の如く怒鳴られ、平手も食らってましたが、
その後母親は慈しむように娘の髪をすいてシラミをとってましたよ。

確かに平手はどうかと思いますが、楽をしたいから家事をさせるのではないし、
まして子を邪魔だなんて思いませんよ。

りんさん、こんにちは。

こちらこそ、よろしくお願いします。
学校建設はどーんと目に見える結果が出るので、受けがいいんですね。皆さんのせっかくの善意を無駄にしないで、現地の人に役立つことって、どうすればいいのかなって考えてしまいます。


ななしさん、

そうカンボジア人を好意的に受け取ってくださることはありがたいです。
ですが、現実も受け入れなくては、援助とかそういう関係はうまくいかないと思うのです。

平手打ちなんて、普通です。
ほうきの棒で小さい子をぶん殴って、仕事をさせるのも普通です。
女の子を売春宿に売るので、おそらくじきに得られるお金を想像してだろうかこらえられない笑みを浮かべてしまうお母さんもいるんですよ。

日本でも仕事柄、子供を邪魔者扱いする人を見てきましたし、いるのはわかっています。

お金が無いから学校に行けないんじゃなくて、そもそも前提が違う人たちが少なからずいるということを、お知らせしたのです。

ななしさんの感性からすれば、異常かもしれませんが、異常という言葉で切り捨てていれば、いつまでも現実は見えないと思います。

つまり異常な人たちを相手にしているってこともわからないと、なにが問題なのかすらわかりません。

別に好意的じゃないですよ。
平手が普通も、ほうきでたたくのも普通というのも、
良く知っています。
しかし、それが全て子供憎さや子どもを売春宿に売る人と結びつけるのは恣意的ではないかということです。

異常な人たちを相手にする、という言葉がありましたが、
カンボジアでの一般と異常な人をごちゃまぜにしているというように思えます。
前提が違うから学校に行けないというのが少なからずいるというのもわかります。
でも、少なくともmolisさんの文章が与ええるイメージよりはそんな異常な人は少ないでしょう。

そうですか?

援助対象とは、
学齢期になっても学校に行かせてもらえず、働かされているという、異常な状況に置かれている子供たちではありませんか。

そういう底辺いる子供たちの状況(親)を理解しない限り、外国からの援助は不発に終わる気がします。

ボランティア

初めてコメントさせて頂きます。
日本でこの頃テレビで大きく「カンボジアに学校を建てよう」と脚光を浴びているのは見ています。
実際に私もカンボジアへ行き、ボランティア活動をしているので、管理人さんの書いている通り、実際その後の先生の確保と先生の給料、そして建てた後のフォローをし、きちんとカンボジア人の手で運営がきちんと出来る状態になって、学校が建ったと言っていいのではないかと思います。

ただ私の意見ですが、海外からのボランティアがまったく無駄だとは思いませし、カンボジア人の全員が異常だとは思いません。日本にも色んなボランティア団体があるので全部がそうだとは言えませんが、私が活動や関わっている大きないくつかの団体の皆さんは、カンボジアの事、カンボジア人の事を本当に思って活動なさっています。カンボジアへのボランティアをやろうと思っている方で、カンボジアのボランティアってじゃあやらない方がいいの?と幻滅される方がいらっしゃるのでしたら、そんな事は無いと思います。

しかし、実際、管理人さんが書いてくれた様な事もあるとは思います。ボランティアでいい事がしたいと期待して行くのであれば、それは余りオススメは出来ませんし、管理人さんが書いてくれている様に、カンボジア人の考え方や思いは私達日本人とは違うと言う事は本当に感じます。肝に銘じて、自分の目で耳で体でカンボジアを理解しボランティア活動をして欲しいと思います。カンボジアの幸せを祈って・・・

私の思いを長く書かせて頂いてありがとうございました。
日記活動頑張って下さい。

かぼちゃさん、コメントありがとうございました。

再び、りんです。molisさんが、一例とか一部という言葉を使って、カンボジア人がみんながそうだと思われないように、気をつかっていらっしゃるのはわかりました。molisさんのポイントは、カンボジア人はひどい・・・では決してなかったと思います。

ただそのような状況もあることを、わかってもらえたらと私も思います。たとえば実際の医療現場(特に貧しい人たちのための診療をする所)や人権関係その他のNGOで働いている外国人(日本人も含む)は、虐待されたり、放置されたり、売られたり、捨てられたり・・・そんな子供達に何人も実際に会っています。親が夜中に子供をホテルの外国人の客に連れて行くのを見た人もいます。
今年は、東京でソマリー・マムさんの話しも聞きました。私達の支援先の村のお母さんの子供がいつの間にか、一人減っている・・・そういうこともありました。写真もあるのに、本人は、もともとそんな子はいなかったと・・・。
また、アンコール小児病院を訪問した時に、どこかでスタッフが闇の中で赤ん坊の泣き声を聞き、一生懸命探して病院に連れてきたという小さな女の赤ちゃんをこの目で見ました。虐待されてできたと見られる大きなあざが身体に幾つもあって、痛々しい姿でした。そのように心を痛めるような話もいろいろあります。そういう話しは、カンボジア人にとってもつらいことでしょう。
でも、カンボジア人がみんなそうではありません。子供が10人いる出稼ぎ一家のブルーシートが屋根の家に飛び込んで、インタビューした時の写真は、私の宝物です。愛情深いお父さんとお母さんと子供たちでした。日本が失った何かがそこにあるから。また、子供の病気を治したくて、本物かどうかもわからない薬や治療のために、全財産を投げ出した親たちも大勢います。

ただ、カンボジア人の支援・・・という時に、カンボジア人の歴史的背景や意識について、知っておくことは大切ですね。とえらそうに言っても、私などカンボジアについては初心者マーク! まだまだですね! もっとカンボジア人から教えてもらう、カンボジア人と働く、カンボジア人の若者の思いも聞く、これは必要じゃないかなと思っています。だって彼らの国ですから。あんた達、今日、これをあげるから、これから何々をするのよ、なんて言っても絶対うまくいかないですね。そういう点では、シエムリアップで、カンボジア人の人達の手で絹織物や綿織物を復興させている森本さんのお話はすごく参考になりました。カンボジア人の働き手たちが、そうだな~と気づいて、自主的にやっていくことを大事にされています。忍耐もいると思いますが。

すみません、何か長々と書いてしまって・・・
今夜はカンボジア人留学生のチャリティイベントで食べて踊って来た後なので、まだコーフン状態?!

ボランティア

初めてコメントさせて頂きます。
日本でこの頃テレビで大きく「カンボジアに学校を建てよう」と脚光を浴びているのは見ています。
実際に私もカンボジアへ行き、ボランティア活動をしているので、管理人さんの書いている通り、実際その後の先生の確保と先生の給料、そして建てた後のフォローをし、きちんとカンボジア人の手で運営がきちんと出来る状態になって、学校が建ったと言っていいのではないかと思います。

ーーーーーーー

● これはカンボジアだけではないです、私の住んでいたラオスもまだ1村1学校運動を展開中です。

日本で受けが良いのは小学校など200万円くらいで建ちます。当然金が無いので箱物寄付大歓迎です。何故なら名より身を取るからです。
村は希望なら「山田悪太郎記念小学校」との名前でも構わないのです。 ・・すると自分の名前の学校の看板を前に贈呈式をする写真を撮って「善意の山田悪太郎」を日本で宣伝するのに好都合です。

 XX議員立候補に利用すると、費用はたった200万円で自分の善意を大いに宣伝できるのです。何せ新聞に載ります。

 ところが元もと小学校が無いような田舎村、当然予算もありません。 そんなド田舎へ来てくれる先生が居ません。 日本と一緒で無医村、無弁護士の田舎は出れも来ないからそうなるのと同じです。 すると2-3倍の給料を出さなくては到底確保できません、それでもやはり1年で辞めます。

 すると箱物は出来れば終わりですが、ソフトが問題です、義務教育(4年)まで学校が続く為には先生給料(普通の2-3倍)+維持費(普通そういうところは電気も水道も無い。) がどこかから生まれてこないと学校を維持できません。

 もともと金が無くて学校も出来なかった貧乏な田舎の村ですから、金を集める事ができません。
このような状態ですから、建物+最低4年分の維持費も同時に寄付するつもりが無いと最初の卒業生が生まれません。

 建物建てたから、後は自助努力で・・で見たいなどこかの国の総理が言う事成りたちません。それでは存続しません。 ・・それで最後はどうなったか? 先生が居なくて学校が維持できなくて・・廃校・・・もったいない、とばかり軍隊が接収しました。 結果的にワンクッション置いた軍事援助になりました。

 事情をよく調査しないからいいカッコ主義の 本末転倒の援助がはびこってしまう・・と私は思っていますが・・ 建物の3倍の金を出すつもりで考えないとうまくいかない。 と考えています。

またまた、りんさん、Namazuさん、コメントありがとうございました。

割とコメントの少ないブログなのに、こんなにコメントがいただけて、みなさんの関心が高いのだなと思いました。

皆さんの善意を生かしていくために既存の方法ではそろそろ限界があるのではないかと感じるので、現地の現状に即した方法を検討した方がいいんじゃないか・・・なんて思ってるんです。

私が思うに 善意、援助、自立の考え方がそれぞれ違うのに・・勝手に人の為になっていると美しき誤解をしているのではと思います。

例は悪いですが、日本の三田好子、最近の大空まゆみの息子の例を見ると、親が援助しすぎた結果だと思います、でも、TVで見るとまだ親は子供に何が必要だったのか?本当に気が付いていないと感じます。  箱物(金)を幾らやっても彼らは自立しないと思います。

 国も一緒で無理して早く発展しようとすると歪がでます。 

援助するなら、トコトン・運用ソフトを考えて10年続く資金と単位でやってください・・私の考えです。 一時の幸せ返って迷惑・・・悪く言うとそう思います。

確かにそうですね。

一時の幸せってのも迷惑かもしれませんが、下手すると一時も幸せでなかったりして、いったい何なんだってことになります。

Namazuさんのラオスの学校の話しはとても参考になりました。また、海外支援と子育てのたとえも。私もつくづく思います。物とお金さえ与えれば、子供は幸せになる、そんな現代の「日本式」子育て観を、海外支援にまで反映させるのは、よくありませんね。受ける側は、「口を開けて待っている」ばかりになってしまいます。ですから、学校運営も、軌道に乗るまでは支援しても、最終的には、村人による運営を目標とできたら、それがベストですね。
最初に管理人さんが、学校支援について「ぶっちゃけた話」をあえて持ち出してくれたおかげで、勉強になりました。
最近、日本国内でも、NGOが物をあげるだけなのか、持続可能な自立支援をしているかどうか、チェックする支援者たちが増えてきました。NGOにとっては大変ですけど、良い傾向と思います。

こんにちは Namzu です。

私は1991年内戦中からカンボジアに入りました。 ヘンサムリン政権です、当時の日本の正式承認カンボジアはポルポト派の入った政府です。


三田好子の話は「自分が女優で高校生の子供をかまってやれないので、小遣い60万円/月と完全防音の地下室を与えた。」 ・・結果、麻薬、強姦事件発生・・そして再犯 実刑です。

言いたいのハード(建物、金)を与える結果どうなるか・・それに付帯してどういう事が起こるか? です。
そこを援助のプロなら考えください、との希望です、

「・・・親制度・・で一人1,000円でXX国の子供が学校へ行けます。」 そんなのも、良くありますね。

それで、実際どういうことが負の面で起こるか考えたことありますか?

現時t問題として、その寄付を受ける子が「イジメ」に合うのです。

送られてきた皆が着れない綺麗な洋服、はだしでなく靴をはいているのです、おまけに真っ白なノートもあるし、12色の鉛筆まで持って居るのです。

逆恨み・・と言っても良いでしょう。しかし30人のなかでその子の豊かさが浮きあがるのです。 そうなれない人から見ればそれはイジメの対象なのです。

そして悪い事に・・その様な子は先生の推薦を受けて選ばれた生徒に成るのです。( 自分で応募できるわけが無い。)

すると、日本で言う先生ヒイキの子が選ばれるのです。当然ますますほかの子供の反感をかいます。
貰う子は「 頭の良い子が幸せになって何故悪い・・」 資本主義競争社会を植えつけます。(まるで頭の良い東大卒の官僚の発言です。)

教育里親制度・・・聞こえは良いがソフト・・運営は難しいと援助、とは無関係の私は思いました。

でもカンボジには JICAを初めプロの援助団体がたくさんいます。運営は大変だろうなと素人は想像します。

Namazu




確かにそうですね。
一部の生徒をスポンサーするよりも、学校の先生に力を入れるほうがよいのでは・・・と思います。(もちろん、かなりの貧困家庭など、やむを得ない事情でそうする場合もあるかもしれませんが。) カンボジアの活動にかかわり始めて、つくづくと、教師の大切さを感じます。日本でもそうですね。
どんなに良い建物があっても、どんなに良いシステムがあっても、良い先生がいないなら、生徒は良い教育を受けられません。
カンボジアでは、先生が寄贈されたり、教材を売ってしまったり、ずる休みしたり・・・・そういうこともあります。だから、質の高い先生の育成も大切ですね。そこまでやるのは、簡単ではありませんが・・・。
カンボジアの状況を通して、日本にも通じる本来の教育の原点についても、いろいろ学ぶことが多いです。

すみません、先ほどのコメントで、「先生が寄贈されたり、教材を売ってしまったり」は、「先生が寄贈された教材を売ってしまったり」の間違いでした。すみません。

りんさん こんばんわ。 Namazu です。

++++
カンボジアでは、先生が寄贈されたり、教材を売ってしまったり、ずる休みしたり・・・・そういうこともあります。だから、質の高い先生の育成も大切ですね。そこまでやるのは、簡単ではありませんが・・・。
カンボジアの状況を通して、日本にも通じる本来の教育の原点についても、いろいろ学ぶことが多いです。
++++
全くその通りで、結局自分が教えられている事に戻ってきます。

日本で儲からない離島、とか山奥の村に医者は来るか・・と同じレベルで先生は来るか・・その問題は日本ではすべて解決したのか? の自問に突き当たります。 ・・・厚生省、文部省でそれらの問題は既に解決済み、その経験から作った、解決虎の巻き、を持っているなんて話しは聞いたことがありません。

ただ発展途上国では物価が安いので・・箱ものは個人でも、小さな団体でも日本から見ると安い予算で出来てしまうのです、が成果を出すためには建物、水道、電気等の維持費、田舎に来てくれる先生、生徒に配る教材の 数年分を同時に寄付を・・と言うと逃げてしまいます。

それでは成果は上がらないのでは・・・と素人目には心配になります。

寄贈の品を持ち帰る、分配する、病院の薬だって役得と考えて持ち帰る人は多いですよ。

Namazuさん、どうもコメントありがとうございます。
最近、カンボジアの学校の先生のスポンサーになりたいと、結婚間近の女性から申し出があり、心が熱くなりました。まず1年から始めようと、婚約者と相談して決めたのだと・・・そういう方もいらっしゃるのですね。自分たちの生活も決して裕福ではないのに、カンボジアの子供たちのことを思うって、貴重だと思いました。決して無駄に使えないですね。

病院事情については、Molisさんも、よくご存じなことでしょう。医者や看護師が病院の医薬品を自分の薬局で売ってしまうこともあります。子供がもらった薬を売ってしまう親もいます。医療機器も、きちんと管理していないと、いつのまにか売り飛ばされている・・・ 医師にお金を渡した人が、良い治療を受ける。
これでは、日本からのリモコン支援体制はうまくいきませんね。
海外支援は、現地に同じ目標を抱く、信頼できる人材またはカウンターパートがいるか否かが、成功と失敗の分かれ目となるのではと思います。(または、自分たちが現地にいてしっかり管理する・・・)

最近、カンボジアの学校の先生のスポンサーになりたいと、結婚間近の女性から申し出があり、心が熱くなりました。まず1年から始めようと、婚約者と相談して決めたのだと・・・

●++++++

Namazu です。
これは 結婚間じかなのは日本の女性ですか? カンボジア人ですか?


病院事情については、Molisさんも、よくご存じなことでしょう。医者や看護師が病院の医薬品を自分の薬局で売ってしまうこともあります。子供がもらった薬を売ってしまう親もいます。医療機器も、きちんと管理していないと、いつのまにか売り飛ばされている・・・

++++++++++++++++

●それは公務員として努力して地位を得た・・その役得と思っていると思いますよ。

日本の居酒屋TAXIも彼らは 霞ヶ関の特権階級だから税金からだからタダ・利用するのは当たり前! と考えているのと基本的には同じ構造だと思います。
+++++++++++

 医師にお金を渡した人が、良い治療を受ける。

●これは医者に行くと良く分かります、日本人だと分かると並びません直ぐに診察OK です、なぜなら高額な代金を請求しても払うからです。

+++++++++++

これでは、日本からのリモコン支援体制はうまくいきませんね。
海外支援は、現地に同じ目標を抱く、信頼できる人材またはカウンターパートがいるか否かが、成功と失敗の分かれ目となるのではと思います。

++++++++++

●そういう人物が居たのなら日本の明治維新のように国家は近代化の道を進み・まだ国が発展途上国にとどまっていることは無かったでしょう。
==============

(または、自分たちが現地にいてしっかり管理する・・・)

●すると援助額以上に滞在費が掛かります、その金を援助とは別に監視滞在費を誰が負担するかです。


ラオスの例だと2,000万円・年以上ラオスで使わないといわゆる援助滞在VISAが出ません。

これは小さな援助団体の年会予算に匹敵します。 悪く言えば少しの銭のセコイ援助は要らない、来なくて良い、との政府の方針です。

カンボジアの援助団体VISA発行の最低条件は知りません、どなたか教えてください。

Namazu

最小律の法則

援助と言うのは難しいものです。

でも、最近のJICAとかJBICと言った日本の援助機関を客観的に見ると、ここで書かれているような「実情」は、把握しているように思います。

それより、NGOの方が心配です。日本のNGOは、軽い気持ちの人が結構いるように感じます。

ところで、表題の最小律とは、農学用語で、植物は、必要な元素のうち、一番少ないものに成長が制限されるという法則です。他の元素がどんなにたくさんあってもダメと言うわけです。これは、途上国の状況の説明にも良く使われています。学校を作り、病院を作り、公務員の給料を上げ、汚職に取り組み、電気を引き、道路を整備し、農業を振興し、外国からの投資を誘致し・・・と、多くのことを地道に全部やっていかないと、よくならないという状況です。でも、多くの途上国が、いまだにうまくいかない中で、カンボジアは、まだ良くやっているほうだと感じています。すぐには、良くなりそうもありませんが、地道に、我慢を重ねながら、お付き合いしていきたいと思っています。

jack おじさん今日は Namazuです。

流石プロですね。

私外務省の人と話す機会があって今までの見て来た事を言いましたが「今までのJICA事業で失敗例はありません。」が公式なお答えでした。

他人の金で活動しようと考えるNGOですと・・不景気風が吹き始めた日本・すると今後10年・金が続くのか? と、心配になります。

でも、今地道に活躍するカンボジアの多くの団体は心配ないのですね。

経験を基に時代は進歩している。

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Author:molis
モリス 日本人 
カンボジア、シェムリアップ在住 
30代
カンボジア人夫1人、
こども2人
  

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